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第14回蓮如賞記念公開シンポジウム基調講演 日本人の智慧

一般財団法人本願寺文化興隆財団 理事長
大谷 暢順


大谷理事長による基調講演の様子
 本願寺文化興隆財団は日本文学、日本文化を国内外で高揚すべく、多彩な公益文化事業の一環として、フィクション文学賞「親鸞賞」とノンフィクション文学賞「蓮如賞」を主催してきました。
 共に「日本人の心」を深く考察する作品に授与する、京都発の唯一の文学賞として、実績を重ね、大きな反響を呼んできました。
 又、他の文学賞とは異なり、授賞式だけでなく、我が国を代表する碩学の選考委員と受賞者によるシンポジウムも開いてきたほか、平成二十年には「日本人の智恵」を人類共通の叡智にと「京都文化マニフェスト」を京都市とともに世界に向かって宣言しました。
 さて、今年の蓮如賞の受賞作は、驚くべき事に、著者の平川祐弘さんが元々、二〇一二年にパリ―で、フランス語で出版された『西洋人の神道観』を今回、ご自身で邦語訳なさった作品であります。即ち、我国の神の教の深さ、大らかさを、西洋人に啓蒙し、併せて、我々日本人にも、太古以来の日本の心に目覚めるよう促した、実に画期的な大作であります。
 こうして、今年もまた、文学賞を通して皆様とともに日本文化を再考し、日本人の叡智、智恵をこの京都から世界に発信していきたいと思います。

自国の文化と精神の理解を

 ところで、自国の魅力、素晴らしさを他国に伝えるには、その文化や思想、精神を先ず自らが体得するべきでありましょう。しかしながら、日本人自身が自国の文化や精神を深く理解して切れておらず、尚且つ誇りを持って伝え切れていないように感ぜられます。
 そこで、本願寺文化興隆財団では、日本の文化、日本人の精神を明らかにし、国内はもとより、フランスやスリランカでそれを紹介する多彩な事業に邁進してきました。本年五月、我国外務省との共催、経産相のクールジャパン事業として、パリのユネスコ総本部とイナルコ、フランス国立東洋語、東洋文化学院で講演会、人間国宝野村万作さんの狂言、シンポジウム、コンサート等を開催しました。
 イナルコには約二百人、ユネスコ総本部は千人近いフランス人等が集い、多くの感銘と共感を得るに至って大きな成功を収めました。
 また、昨年四月に発足させた日本のこころを育むジャポニスム振興会の創設一周年を記念してパリにもジャポニスム振興会パリ支部を設立したところ、二百名以上ののフランス人賛同者が加入し、着々とその歩みを進めています。
 昨年の「親鸞賞」基調講演に続き、今回も日本人の精神の淵源、さらには、日本人の智恵を明らかにしていきたく思います。
 さて、皆さん、日本人の心を一言で表すとすれば、何になるでしょうか。お気づきの通り、「和」の精神と言えましょう。

日本人の智恵である「和」の精神

 また、平成三十二年の東京五輪のビジョンの一つに「あらゆる多様性を肯定し、真の共生社会を実現しましょう」とあります。この根本となるのも「和」の精神です。これはすべての日本人の精神、文化、芸術の基底を成すとともに、社会や自然と共存、調和するための日本人の智恵であると私は考えます。
 七世紀の初め、佛教思想に基づいて国を治めた聖徳太子は、『十七条憲法』の第一条で、「和を以て貴しと為す」と表明されました。
 この「和」の精神は「我も他者も、ともに煩悩をかかえ、迷い続ける凡夫に過ぎない」という深い内省と、「人に喜びを与え苦しみを除く」という佛教の慈悲観に基づくものです。こうして、日本人は自己中心的にものごとを見るのではなく、他者や周囲に思いを寄せ、ともに連携していく眼を開き、謙虚さ、周囲への気遣い、全体の調和を第一義としています。
 さらに「和」の精神は、異なる文化や思想を対立させず、相互共鳴させる世界を作り出します。

神佛融合から相互共鳴の世界へ

 最も顕著な例が、大陸から伝来した佛教を我が国古来の神道と一体化させ、異なる宗教である神と佛をどちらも排除することなく、ともに信奉すると言う神佛融合の思想です。
 また、輸入文字である漢字と、そこから創造した日本独自の文字である「かな文字」を混合させて日本語の表記を充実させたのも、異質な文化を取捨選択して受容し、発展させた例と言えましょう。
 但し、この思想は確固たる自己を持たず、自立性に乏しいのではないかと欧米から不可解に見られる場合もありました。
 しかし、一義的なアイデンティティと契約社会を背景とする自己主張に任せれば、深刻な対立と抗争を生むばかりです。日本人は「和」から生み出された、他者と調和して包容する心を大切にし、様々な問題を円満解決する術を身に付けたのです。
 個と組織の関係にもこの思想は反映されています。個人主義の欧米とは違い、日本人は「和の精神」と「場の倫理」から、自己と組織を含む周囲との関係を最も重視します。スポーツに見られる日本のチームプレーもその一つです。これはあたかも個人が共同体のために犠牲となっているように見えるかもしれません。
 しかし、「細部にこそ全体が宿る」のです。日本の職人は、「和の精神」を背景にして、それぞれ異なる作業に従事し、その協同の結果、一つの作品が完成するということで、「1+1」以上の価値を生み出します。細部である個人が全体そのものを抱合し、個も組織もともに高められていく。これが日本人の智恵に基づく日本社会なのです。
 日本人の智恵は、他者と周囲への配慮や気遣い、自己を自然に合一させる思想によって育まれてきました。

森羅万象に霊性見出す日本人

 西欧に目をやると、古代ギリシア、ローマでは自然を人間や神も内包する存在と位置付けました。その後、人間が超越者として自然を征服、支配する、人間中心主義の思想が主流となり、現代に引き継がれました。
 これに対し、日本人は古来より、自然を対峙して征服すべき存在と見ませんでした。山や川等をはじめ、雨や雷等の自然現象から路傍に転がる石にまで霊性を見出す世界観に生きてきました。
 そして、森羅万象を八百万の神と崇める日本固有の信仰である神道に、異なる外来宗教の佛教を融合する神佛融合の思想によって、「自分自身も自然の一つである」と考えます。自然は恵みをもたらす一方、津波や台風、地震等、我々に刃を向ける存在でもあるが、共生ではなく、自己をその中に合一させる独自の思想につなげたのです。
 そして、神を絶対的な規範とする一神教的判断と異なり、山川草木からモノにまで霊性を見出す重層的価値観を拠り所とし、多元的且つ柔軟な世界観を創出したのです。
 浄土真宗の開山親鸞聖人はその『和讃』の中で「天神地祇はことごとく 善鬼神となづけたり これらの善神みなともに 念佛のひとをまもるなり」と詠み、浄土真宗開立の祖蓮如上人も「和光同塵」を提唱して、神佛融合の世界観を大切にしてきました。

相続講(そうぞっこう)で日本のこころを再生

 ところが、近年、この和合の精神を忘れ、神道を排撃する動きが浄土真宗の一部にあります。それと並行するように日本社会、さらには国際社会も混迷の極みを続けています。
 そこで今こそ、神佛融合を基底とする「日本のこころ」を再興し、人類の新たな灯火とするべく、私はこの東山浄苑東本願寺に相続講を創設しました。
 後ほど、事務局から相続講とその象徴である相続塔についてご説明します。
 最後に、和を尊び、恩を重んじ、他者や組織、自然との調和を第一義とする日本人の智恵が世界の人々に理解され、人類にとって不変の灯火になることを心より願ってやみません。

               

以上