関連サイト東山浄苑 東本願寺
東山浄苑 東本願寺

ページの先頭へ

第15回蓮如賞記念公開シンポジウム基調講演 「京都のこころ 日本のこころ」

一般財団法人本願寺文化興隆財団 理事長
大谷 暢順


大谷理事長による基調講演の様子

はじめに

 本願寺文化興隆財団は日本文学、日本文化を国内外で高揚すべく、公益文化事業の一環として、この度のノンフィクション文学賞「蓮如賞」とフィクション文学賞「親鸞賞」を毎年交互に主催してきました。
 ともに「日本人の心」を深く考察する作品に授与する、京都で初めての文学賞として、四半世紀に及ぶ実績を重ね、大きな反響を呼んで来ました。又、他の文学賞とは異り、授賞式だけでなく、選考委員の先生方と受賞者によるシンポジウムを毎年、開いてきたほか、平成二十年には「日本人の智恵」を人類共通の叡智にと「京都文化マニフェスト」を京都市とともに世界に向って宣言しました。
 こうして、今年も亦、文学賞を通して皆様とともに日本精神と文化を再考し、その叡智を京都から世界に発信していきたく思っています。


佛教説話「火事と三つの車」

 さて、佛教説話の中にこんなお話があります。或街に長者がいました。長者の家はとても大きいのですが、そこに出入りするには小さな門が一つしかありませんでした。或時長者が仕事先から帰ってみると、たいへん! 家が火事です。それなのに燃え盛る火の中で長者の子供達三人が無心に遊んでいるではありませんか! 長者は慌てて「おーい、すぐ出ていらっしゃい! そうでないと君達焼け死んでしまうよ!」と叫ぶのですが、子供達は耳を貸しません。長者は困ってしばらく思案しました。
 そして「そうだ、あの子達は前々から夫々、羊の車、鹿の車、牛の車を欲しがっていた」と思い出し、「おーい君達、門の外に君達が以前から欲しがっていた羊の車、鹿の車、牛の車があるぞ!」と叫びます。それを聞いた三人の子供は、大喜びで、我先にと門から走り出て来ました。
 けれどもそこには、玩具の羊、鹿、牛の車ではなく、本当の立派な大きな車があって、子供達はお父さんの長者と一緒にそれに乗って、安全な場所へ避難できたというのです。
 お分りでしょうが、これは佛様を長者に、我々人間を子供達に準(なぞら)えた説話です。
 そして今の世の中は、当に燃え盛る火の中にあると教えているのです。


現代日本の危機

 我々は、北朝鮮が攻めて来る危険や、その国へ何十年も前から大勢の我々の同胞が拉致されている事や、中華人民共和国の脅威を蒙けている尖閣列島の問題について「私には関係ない、私は何もできない、それよりも我々の生活の向上の方が大事だ」と思っていないでしょうか? それに環境問題にしても、犯罪の増加にしても、身の回りには危険が一杯あるのに、我々は、自分だけは大丈夫と勝手に決め込んではいないでしょうか?
 假令(たとえ)危険が迫っていて、「何か変だな」とは思っても、周りに大勢人がいると、誰かが逃げ出さない限り、人間は行動に移らないものだということが実験で分っているらしいですが、我々はそんないい加減な気持でその日その日を暮していていいのでしょうか?
 昭和二十年の終戦で日本が存亡の危機に立たされた時と同じく、今日も亦日本と日本人は大へんな存亡の危機に直面していると私は感じています。


ダライ・ラマ法王の金言

 昨年、チベットのダライ・ラマ十四世法王がこの東山浄苑東本願寺に参詣されましたが、その時、この本堂で、この場所で、席に着かれるや否や、「皆さん、人生の目的は仕合せになる事ですよ。」と言明されました。私ははっと息を呑む惟(おも)いでした。チベットの元首であり乍ら、已に六十年来亡命生活を送られ、国民と共に不幸のどん底にあって、それでも心が仕合せに充ちたその明るい表情に、私は胸を突かれたのでした。
 「人生の目的は仕合せになる事」―この一言が、それ以来、ライトモティーフとなって、絶えず私の胸に去来するのです。
 現在日本は、今にも不幸のどん底に突き落される瀬戸際に立たされています。けれども、それでも、我々は仕合せにならなければならない、仕合せであらねばならない―そう私は感じます。


ジャポニスム

 それにはどうすればよいか? 私はそれを二千年以上に亙(わた)って受け継がれて来た日本文化の伝統を、この歴史を、想起する事だと思います。そこで、ふとジャポニスムという言葉に思い当りました。
 この言葉の由来については、皆さん知ってらっしゃるでしょうが、蛇足乍(なが)ら話させていただきますと、江戸時代の鎖国が解けた後、ヨーロッパやアメリカの人々が続々と日本を訪れるようになりましたが、その中の一人が、店で買物をしたところ、それを店員がくるくるっと紙に包んで渡したのを見咎めて、開いてみたらそれが一枚の見事な浮世絵だった。日本では、こんな立派な芸術作品が包装紙に使われているのかと腰を抜かしたというのです。
 それ以来、西洋人は大挙して来日し、二束三文で売られている、或は只でその辺に転がっている芸術品を、目の色を変えて蒐集し始めました。そこでジャポニスムという言葉が生れました。ですからジャポニスムというのは、素晴しい文化の国・日本という意味です。
 このお話で分る事は、日本は世界中が賛嘆して已まない文化を備えている、それは二千年以上の神代の昔からの神道の教、それに六世紀に大陸から伝来した佛教が完全に融合して培われて来た日本の心、日本人の心の表れです。
 そして外国人の日本礼讃は今でも続いています。ところがこの事実を知らない日本人が案外多いのです。そして政治、経済、教育、社会問題など、物心両面の文明・文化に於て、海外諸国に追随し、逆に日本を世界の劣等国だと思い込んでいます。


日本伝統の融和精神

 一方目下世界情勢は混迷を続けています。それは民族と民族、国家と国家、思想と思想、階級と階級の闘争が基本にあり、一方が他方を征服し、支配しようとするからではないでしょうか。この対立抗争で怨念が生れ、それによって愈々(いよいよ)、世界情勢が混沌とするのです。
 日本文化はこの対立を離れ、恩讐を克服する、又そうしようとする努力によって生れたものです。かつて日本人はこの文化のお蔭で仕合せに生きて来ました。ところが、残念な事に目下それが半ば忘れられています。
 この美しい心、神佛習合に基づく融合の精神によって育まれた仕合せを、今我々は招(よ)び起すべきだと思われてなりません。
 そして、現在世界は当にこの融和の心を秘かに求めているように私は感じるのです。今こそ我々はこの日本の伝統の心に立ち帰り、自信を以って世界に発信するべきではないでしょうか。


おわりに

 我々の文学賞「蓮如賞」は、この日本文化高揚を目的として設立され、今回を以って十五回目を迎える事ができましたが、此度もこの精神に則って『宮沢賢治の真実』という、今野勉氏の力作を見出す事ができました。後程選考委員と、受賞された今野さんのお話をゆっくり伺いたいと思います。どうぞ御期待下さい。
 御清聴、有難うございました。


               

以上